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Confederation:
Founded:

1955年

Region:

ヨーロッパ

Number of Teams:

32

Level:
Current champions:
Sponsors:
Official website:

History

目次

UEFAチャンピオンズリーグ

UEFAチャンピオンズリーグは1955年にUEFAチャンピオンズカップの名称でスタート。1954年にイングランドのチーム、ウルバーハンプトンがヨーロッパツアーを敢行し、当時最強のクラブの一つと言われたハンガリーのホンヴェッドをはじめ、強豪クラブを相手に次々と勝利を収めた。イングランドの新聞各紙はこぞって、「世界最強のチーム」「ヨーロッパナンバーワンのクラブ」とウルバーハンプトンを賞賛する記事を掲載した。これに異論を唱えたのがフランスの新聞記者、ガブリエル・ハノットである。彼はヨーロッパには少なくともウルバーハンプトンに勝る実力を持つクラブが3つ存在する(レアル・マドリード、ホンヴェッド、ACミラン)とし、コラム記事を通じて「ヨーロッパ最強のクラブを決定する国際大会」の開催を提唱した。1955年、UEFAはこの大会の開催を承認し、16カ国16クラブ参加による第1回大会が開催された(イングランドのクラブはいずれも不参加)。


歴史

レアル・マドリード独占期

第1回大会の決勝はレアル・マドリードとスタッド・ランスという取り合わせで、フランス・パリのパルク・デ・プランスで行われた。スタッドランスが二度にわたってリードしたものの、79分にレアル・マドリードのエクトル・リアルが逆転ゴールを決め、レアル・マドリードが初のヨーロッパ制覇を達成した。第2回大会には22のクラブが参加。決勝の舞台はスペイン・マドリードであった。レアル・マドリードが決勝で迎えたのはイタリアのクラブ、フィオレンティーナ。70分、レアル・マドリードのディ・ステファノがペナルティーゴールで待望の1点目を獲得。その後ヘントが2点目を決め、2-0でレアル・マドリードが連続優勝を決めた。1957-1958年に行われた第3回大会ではイングランドサッカー連盟が大会への参加を決定し、マンチェスター・ユナイテッドが初参加を果たす。レアル・マドリードは再び決勝へ進出し、ブリュッセルで行われた対ACミラン戦で延長戦の末2-1でACミランを下した。初参加を遂げたマンチェスターユナイテッドは、準決勝でACミランに破れて大会を退いている(その後ミュンヘンの悲劇で8名の選手を失った)。その後の第4回大会、第5回大会でもレアル・マドリードが優勝を果たし、同クラブは5大会連続優勝という快挙を成し遂げた。トロフィーは5連覇を果たしたレアル・マドリードの偉業をたたえるため翌年リニューアルされ、現在のものとなった。


ベンフィカ、ACミランの台頭

1960-1961年に開催された大会でレアルマドリードは初の1回戦敗退を喫した。相手は宿敵FCバルセロナ。その後バルセロナは決勝まで快調に駒を進めたが、ベルンのヴァンクドルフ・スタジアムで行われた対ベンフィカ戦で黒星を喫し、惜しくもトロフィー獲得を逃した。その次の大会でもベンフィカは強さを見せつけ、エウセビオの2ゴールなどにより5-3でレアル・マドリードを下し、連覇を達成した。南ヨーロッパ勢の快進撃はその後も続き、1962-1963年大会ではACミランが優勝、その翌シーズンにはインテル、その次のシーズンでは再びベンフィカが優勝を決めた。現在でもミランはチャンピオンズリーグ優勝経験クラブを2つ以上持つヨーロッパ唯一の都市となっている。1965-1966年大会では決勝でパルチザン・ベオグラードを下したレアル・マドリードが再び王座に返り咲いた。

12回目となった1967-1968年大会ではアイルランドの強豪クラブ、セルティックがインテルを抑えて初の優勝を達成。これがイギリス勢初の優勝となった。翌シーズンには延長戦で3点を入れたマンチェスター・ユナイテッドがイングランド初の優勝クラブとなる。1970-1971年にはオランダのクラブ、フェイエノールトが延長戦でセルティックを破り、オランダ勢初となる優勝を達成。その後、同じくオランダを代表する強豪クラブの一つであるアヤックスが3大会連続優勝という快挙を成し遂げる。1973-1974年大会からはドイツのバイエルン・ミュンヘンが同じく3大会連続優勝を達成した。


イングランドの時代到来

1977年から1984年にかけて開催された8大会のうち、実に7大会においてイングランドのクラブが優勝杯を手にしている。唯一トロフィーがイングランドの外に持ち出されたのは1982-1983年のハンブルガーSV優勝時のみである。1976-1977年大会ではヨーロッパすべての国から33に上るクラブが参加。ローマで行われた決勝戦でリバプールが3-1でボルシアMGを下し、ここからイングランドの快進撃が始まった。1977-1978年にはクレメンス、ニール、ケネディ、キーガンらを擁するリバプールが連覇を達成。しかし翌シーズンはノッティンガム・フォレストに負けて1回戦敗退を喫し、結局ノッティンガム・フォレストがこの大会の覇者となった。次の大会でも連覇を達成したノッティンガム・フォレストは、チャンピオンズリーグ優勝回数が国内リーグ優勝回数を上回る唯一のクラブである。1980-1981年大会では再びリバプールが優勝し、その翌シーズンにはアストンビラが初のタイトル獲得を決めた。


ヘイゼルの悲劇

ヘイゼルの悲劇
ヘイゼルの悲劇

1985-1986年に行われたチャンピオンズカップは、決勝戦の試合前に起こった惨事により、その後も人々の記憶に強く刻まれることとなった。ヘイゼルの悲劇とよばれるこの事件は、1985年5月29日にベルギー・ブリュッセルにあるヘイゼル・スタジアムで起こったサポーターによる乱闘事件である。この騒ぎによって39名のサポーター(主にユベントス側)が命を落とし、400名以上が負傷した。その後行われた決勝でユベントスが優勝を決めたものの、イングランドのクラブは無期限(後に5年間、当事者のリヴァプールは7年間に変更される)の国際大会出場禁止を命じられた。

翌シーズンに初の優勝を達成したルーマニアのステアウア・ブカレストは、ゴールキーパーのヘルムート・ドゥカダムがバルセロナとの決勝PK戦で4本のペナルティーキックをすべてセーブするなど英雄的な活躍をみせた。1986-1987年大会ではポルトガルのFCポルトが初優勝を飾り、その翌シーズンにはPSVが初優勝を果たした。1988-1989年大会では再びステアウア・ブカレストが決勝まで駒を進めるが、強敵ACミランの前に4-0と大敗し、二度目の優勝はならなかった(この時のACミランにはフリット、ファンバステン、ライカールトが所属していた)。


マンチェスター・ユナイテッドの三冠達成

1990-1991年大会ではセルビア・ベオグラードに本拠地を置くレッドスター・ベオグラードが優勝。再び東ヨーロッパに優勝杯が移動した。決勝ではフランスのマルセイユと対戦し、PK戦の末5-3でレッドスター・ベオグラードが初優勝を飾った。翌シーズンにはFCバルセロナが初のタイトルを獲得。延長戦112分にロナルド・クーマンが決めたゴールがそのまま優勝ゴールとなった。またこの大会はグループステージが導入された最初の大会でもある。1992-1993年大会からは大会名称が現在のUEFAチャンピオンズリーグへ改称された。決勝ではマルセイユがACミランを1-0で破り、初優勝を果たしたものの、その後八百長事件が発覚。タイトルそのものは剥奪されなかったが、マルセイユはチャンピオンとして活動する権利を失った。

フォーマットが変更された1995-1996年大会では、ローマで行われた決勝戦でアヤックスを下したユベントスが優勝。その後ユベントスは2大会連続で決勝まで駒を進めたものの、後一歩のところで破れ準優勝に甘んじている。ちなみに1996-1997年大会の覇者はドルトムント、1997-1998年大会は32年ぶりの優勝となったレアル・マドリードであった。ミレニアム直前の大会となった1998-1999年大会ではマンチェスター・ユナイテッドが破竹の勢いをみせ、テディ・シュリンガムオレ・グンナー・スールシャールがゴールを決めてチームを優勝に導いた。このシーズン中、マンチェスターユナイテッドはFAカップチャンピオンズリーグプレミアリーグでそれぞれ優勝を果たし、驚異の三冠を達成した。


新しい時代の幕開け

永遠のライバル、ACミランとリバプールの戦い
1999-2000年大会では再びフォーマットの変更が行われ、UEFAランキング1位〜3位の国からはそれぞれ4クラブが出場し、それ以降はランキングに応じて1〜3クラブに出場権が与えられることとなった。同大会の優勝クラブはレアル・マドリードで、準決勝進出クラブのうち3つをスペインのクラブが占める結果となった(ちなみに2002-2003年大会はイタリアのクラブ、2004-2005年大会ではイングランドのクラブがそれぞれ3クラブずつ準決勝に進出した)。2000-2001年大会ではバレンシアをPK戦の末に破ったバイエルン・ミュンヘンが優勝し、翌シーズンにはジダンらが活躍したレアル・マドリードが、実に9度目となる優勝を果たした。

2002-2003年大会決勝はイタリア出身のクラブ同士の対決となり、ユベントスをPK戦で下したACミランが9年ぶり6回目の優勝を果たした。翌シーズンからは二次グループリーグがなくなり、予選ーグループステージー決勝ラウンド1回戦ー準々決勝ー準決勝ー決勝というフォーマットに変更された。決勝の顔合わせは大番狂わせのFCポルトvsASモナコ。ジョゼ・モウリーニョ監督率いるFCポルトが初めてポルトガルに優勝杯をもたらした。マニシェ、リカルド・カルバーリョ、デコら才能溢れる若手選手が世界からの注目を浴び、クラブに優勝をもたらしたモウリーニョ監督はその後チェルシーの監督に抜擢されている。

トルコ・イスタンブールのアタテュルク・オリンピヤット・スタジアムを舞台に繰り広げられた2004-2005年大会決勝戦は、「イスタンブールの奇跡(あるいはレッズの奇跡)」と呼ばれ、今なお語り継がれる一戦である。ACミランとリバプールというカードが実現したこの決勝戦では、ミランが試合開始早々に先制し、前半だけで3点を奪取。しかし後半にリバプールが猛追して3-3の同点とし、PK戦の末、歴史的な逆転勝利を収めた。2005-2006年大会ではアーセナルを相手に迎えた決勝戦で、バルセロナのベレッチが逆転ゴールを決め、14年ぶり2回目となる優勝をクラブにもたらした。ギリシャ・アテネのオリンピックスタジアムで決勝戦が行われた2006-2007年大会、2004-2005年大会と同じ取り組みが実現。ACミランのフィリッポ・インザーギが2ゴールを決め、見事リベンジを果たした。


チャンピオンズリーグ2007-2008
チャンピオンズリーグに名称が変更されてから16シーズン目の開催となったチャンピオンズリーグ2007-2008は、イングランドのプレミアリーグに所属するクラブが上位を占める結果となった。リバプール、マンチェスターユナイテッド、チェルシーはグループリーグにおいてASローマやバルセロナといった強豪クラブを打ち負かし、いずれも準決勝まで駒を進めた。

モスクワのルジニキスタジアムで行われた決勝は、マンチェスターユナイテッドとチェルシーというビッグクラブの顔合わせとなった。この取り合わせは同年に行われたFAカップの決勝戦に続いて二度目であり、チャンピオンズリーグの決勝戦でイングランドのクラブ同士が対決するのはこの時が初めてであった。両クラブは1-1のドローのままPK戦へ突入し、6-5でマンチェスターユナイテッドが3度目の優勝杯を手にした。


チャンピオンズリーグ2008-2009

2008年7月15日に開幕したチャンピオンズリーグ2008-2009。すでに世界中からの注目が集まっているこの大会には、リヒテンシュタインを除く52の国と地域から76クラブが参加。2009年5月27日に行われる決勝戦の舞台にはイタリア・ローマのスタディオ・オリンピコが予定されている。


カップ

優勝カップは「ビッグイヤー」と呼ばれ(取手の部分が耳の形に似ているため)、3年連続あるいは5回の優勝でカップの永久保持が認められることとなっている。


前回の優勝クラブ

現在のタイトルホルダーはマンチェスター・ユナイテッド。2008年5月21日にロシア・モスクワのルジニキ・スタジアムで開催された決勝戦ではPK戦(6-5)の末、宿敵チェルシーを下した。


過去の優勝データ

優勝回数の最も多い国: イタリアとスペインがそれぞれ11回でトップ。次いでイングランド(10回)、ドイツとオランダ(6回)、ポルトガル(4回)、フランス、ルーマニア、ユーゴスラビア、スコットランドがそれぞれ1回ずつとなっている。

優勝経験のあるクラブを最も多く抱える国: リバプール、マンチェスター・ユナイテッド、ノッティンガム・フォレスト、アストン・ヴィラの4クラブを抱えるイングランドがトップ。イタリア、ドイツ、オランダが3クラブずつで2位となっている。


歴代優勝クラブ


最多優勝クラブ

クラブ 優勝回数
レアル・マドリード 9
ACミラン 7
リバプール 5
アヤックス 4
バイエルン・ミュンヘン 4



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