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フルネーム:

レアル・マドリードFC

ニックネーム:

白い巨人、マドリディスタ、銀河系軍団、スーパースター軍団

設立:

1902年

ホームスタジアム:

エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウ

代表者:

ラモン・カルデロン

監督:

ベルント・シュスター

リーグ:

リーガ・エスパニョーラ

歴史と出来事

目次

レアル・マドリード

ヨーロッパ優勝杯のほぼすべてを掌中に収め、世界規模の大会でも優勝を手にしてきたレアル・マドリード。1902年の創設以来、チームの存在自体がマドリディスタたちの誇りでもある。米ハーバード大学の調査によれば、世界中のレアル・マドリードファンは約2億2800万人といわれ、2位のマンチェスター・ユナイテッド(約1億1600万人)に大きく差を空けて世界第1位の座に君臨している。これほどまでに膨大な数のファンを抱えるその理由は、才能に満ちた歴代プレーヤーとその輝かしい歴史に負うところが大きいといえるだろう。


クラブの歴史

1902年、複数のサッカーファンが集まってマドリード・フットボールクラブを創設。登記を行うため、エンリケ・バレーラを会長、マヌエル・メンディアを副会長とする最初の委員会が結成される。ユニフォームに関しては、コリンチャンス・ロンドンを真似たものにすることで合意した。 3年後、マドリードは1対0でアスレティック・ビルバオを破り、初のスペイン国王杯優勝を果たす。唯一のゴールとなったのは、ペドロ・パラヘスからのパスを受けてプラストが放ったシュートであった。

1931年、マドリードは最初のリーグ優勝を遂げる。当時はシリアコ、キンコセス、ルイス・レゲイロ、イラリオ、ベスティット、オリバレスといったそうそうたるメンバーを抱え、チームは負け知らずだった。

1943年、世紀の試合として記憶に残るものとなったのが、 11対1という大差で完勝したバルセロナ戦だ。その前の対決では0対3でマドリードは敗北していた。 このわずか4年後の1947年に、サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムが完成。各国のメディアからは「ヨーロッパ最高のスタジアム」とたたえられた。同スタジアム初のゴールを決めたのは、バリナガだった。

1954年、マドリードはバレンシアを破って再びリーグ優勝を果たす。アルフレッド・ディ・ステファノはスペインでの最初のシーズン、27得点を決めてリーグ得点王に輝いた。2年後には最初のヨーロッパ優勝杯を手にし、さらに1957年には2度目のヨーロッパ優勝杯を得ている。3度目は1958年。ブリュッセルでミランを相手に戦い、ディ・ステファノ、リアル、ヘントがゴールを決めて見事三連覇を果たした。そして2年後には4度目の優勝を遂げている。

アイントラハト・フランクフルトを7対3で破って5度目の優勝を果たした決勝戦は、ヨーロッパにおける最高の試合の一つとしていまなお語り継がれている。

その後、初のインターコンチネンタル・カップ優勝を果たしたレアル・マドリードは、名実共に世界のトップに躍り出た。モンテビデオでペニャロールを相手に行われた第1戦は惜しくもスコアドローに終わったが、サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムで120000人のファンを前に行われた第2戦では、5対1と快勝した。

1961年、レアル・マドリードはリーグ戦においての最高記録を樹立する。30 試合中24試合で勝利し、リーガ・エスパニョーラ優勝を果たした。

1980年代は、エミリオ・ブトラゲーニョなどの活躍でリーグ5連覇を達成。このような記録を持つクラブは他にない。

レアル・マドリードの最大のライバルと言えばバルセロナ。レアル・マドリードファンにとって忘れることのできない試合が、1995年、ヨハンクライフ監督率いるバルセロナとの間で繰り広げられた試合だ。この試合でレアル・マドリードは5対0で完全勝利を果たしたが、うち3得点を決めたのがイバン・サモラーノだった。

1998年に行われたチャンピオンズリーグ決勝戦では、アムステルダムでユベントスを破り7度目の優勝を達成。ページャ・ミヤトビッチのゴールが決勝点となった。同年には東京の国立競技場で、2度目となるインターコンチネンタル・カップ優勝も果たしている。この試合ではロベルト・カルロスとラウルが2得点を決めた。3回目の優勝は数年後、ロナウドやグティのゴールでオリンピアを下して優勝杯をもぎとった。

2000年はクラブにとって記念すべき年である。FIFAがレアル・マドリードを「20世紀最高のクラブ」に選び、アルフレッド・ディ・ステファノ名誉会長とフロレンティーノ・ペレス会長に記念杯が授与された。

またこの年、UEFAチャンピオンズリーグ決勝戦でバレンシアに勝利。2002年には同じくドイツのバイヤー・レバークーゼンを相手にジダンやラウルがゴールを決め、9回目の優勝を果たした。

2006-07年に開催されたリーグ戦はレアル・マドリードにとってちょうど30回目となり、20世紀を代表する最高のクラブチームにファンからは惜しみない声援が送られた。


ライバルチーム

永遠のライバルとされるのが、バルセロナとアトレティコ・マドリード。バルセロナとのライバル関係には政治的、文化的要因が大きく影響しているといわれるが、実力面においても両チームはスペインサッカー界において純粋なライバル関係にある。両チーム間での選手の移籍もあり、50年代にはアルフレッド・ディ・ステファノの獲得をめぐって両者が激しい戦いを繰り広げ、最終的にはレアル・マドリードが勝利。2000年にはバルセロナのスター選手だったルイス・フィーゴがレアル・マドリードに移籍している。

アトレティコ・マドリードとは同じマドリードを拠点とするライバルチームであり、両チームの順位の違いが、労働者階級と中産階級の間での市民の苦闘をそのまま反映しているようでもある。


現所属メンバー

  • ゴールキーパー
    • 1-イケル・カシージャス - 世界最高のゴールキーパーの一人。26歳。チャンピオンズリーグ、リーグカップ、スーパーカップなど彼のゴールセーブでチームに数多くの優勝杯がもたらされている。
    • 25-イェジー・ドゥデク
    • 13-ジョルディ・コディナ
  • ディフェンダー
    • 2-ミチェル・サルガド
    • 3-ペペ
    • 4-セルジオ・ラモス - セビージャから移籍した未来のキャプテンと目される選手。2100万ユーロの移籍金で契約。レアル・マドリードが過去5年間に獲得した選手の中でも、最も活躍目覚ましい選手の一人である。
  • ミッドフィールダー
    • 6- マハマドゥ・ディアラ
    • 8- フェルナンド・ガゴ
    • 11- ロッベン
    • 14- グティ
    • 19- バティスタ
    • 23- スナイデル
    • 24- バルボア
  • ストライカー
    • 7- ラウル - ファンからの特別な思いと熱い支持を受ける現キャプテン。彼のゴールと強靭さがレアル・マドリードを世界一のチームへと導いた。
    • 10- ロビーニョ - 彼を「ペレ二世」と呼ぶ人も多い。サントスから移籍。昨シーズンではリーグ優勝を果たし、今年も目覚ましい活躍をみせている。これからのブラジル代表を背負う選手の一人である。
    • 17- ファン・ニステルローイ - ヨーロッパにおいて最高のストライカーと称される選手の一人。マンチェスター・ユナイテッドから移籍。昨シーズンはリーグ得点王に輝いた。


クラブの伝説的プレーヤー

  • ガスパール・ルビオ 1928〜1932
    • ストライカー。キャップ数4。リーグ優勝2回、カップ戦優勝1回。
  • リカルド・サモラ 1930〜1936
    • スペインサッカーの歴史における最高のゴールキーパー。リーグ優勝2回、カップ戦優勝2回。
  • ジャシント・キンコセス 1931〜1942
    • 1934年ワールドカップ(イタリア)最優秀選手。リーグ優勝2回、カップ戦優勝2回。
  • ルイス・モロウニー 1946〜1957
    • ミッドフィールダー。キャップ数7。リーグ優勝3回、スペイン国王杯優勝2回、UEFAチャンピオンズカップ優勝1回。
  • レイモン・コパ 1956〜1959
    • ストライカー。フランス出身。リーグ優勝2回、UEFAチャンピオンズカップ優勝3回、バロンドール受賞1回。
  • エクトル・リアル 1954〜1961
    • レフト・ウィンガー。キャップ数5。リーグ優勝4回、UEFAチャンピオンズカップ優勝5回、インターコンチネンタル・カップ優勝1回、ペケーニャ・コパ・デル・ムンド優勝1回、ラテンカップ優勝2回。
  • アルフレッド・ディ・ステファノ 1953〜1964
    • ストライカー。キャップ数31。リーグ優勝8回、スペインカップ優勝1回、UEFAチャンピオンズカップ優勝5回、インターコンチネンタル・カップ優勝1回、ペケーニャ・コパ・デル・ムンド優勝1回、ラテンカップ優勝2回、リーグ得点王5回、バロンドール受賞2回。
    • 多くの人々に「サッカー史上最高の選手」と称される彼は、レアル・マドリードを今日のような世界最大のクラブへと押し上げた立役者でもある。ストライカー、ウィンガー、ミッドフィールダーとしてその才能を遺憾なく発揮したスター選手。現在はレアル・マドリードの名誉会長を務め、 若手選手の見本となっている。
  • ホセ・エミリオ・サンタマリア 1957〜1966
    • ディフェンダー。キャップ数16。リーグ優勝6回、スペインカップ優勝1回、UEFAチャンピオンズカップ優勝4回、インターコンチネンタル・カップ優勝1回。
  • フェレンツ・プスカシュ 1958〜1967
    • ストライカー。キャップ数4。リーグ優勝5回、スペインカップ優勝1回、UEFAチャンピオンズカップ優勝3回、インターコンチネンタル・カップ優勝1回。
  • フランシスコ・ヘント 1953〜1972
    • ストライカー。キャップ数43。リーグ優勝12回、スペインカップ優勝2回、UEFAチャンピオンズカップ優勝6回、インターコンチネンタル・カップ優勝1回。
  • アマンシオ・アマロ 1962〜1976
    • ストライカー。キャップ数42。リーグ優勝9回、スペインカップ優勝3回、UEFAチャンピオンズカップ優勝1回。
  • ホセ・マヌエル・ピッリ 1964〜1980
    • ミッドフィールダー。キャップ数41。リーグ優勝10回、スペインカップ優勝4回、UEFAチャンピオンズカップ優勝1回。
  • マリアノ・ガルシア・レモン 1971〜1984
    • ゴールキーパー。キャップ数2。リーグ優勝6回、スペインカップ優勝4回。
  • ファン・ゴメス・ファニート 1977〜1987
    • ストライカー。キャップ数34。リーグ優勝4回、スペインカップ優勝2回、UEFAカップ優勝2回、リーグ得点王1回。
  • ホセ・カマーチョ 1973〜1989
    • ディフェンダー。キャップ数81。リーグ優勝9回、スペインカップ優勝5回、UEFAカップ優勝2回リーグ杯優勝1回。
  • ウーゴ・サンチェス 1985〜1992
    • ストライカー。キャップ数76(メキシコ)。リーグ優勝5回、スペインカップ優勝1回、UEFAカップ優勝1回、スーパーカップ優勝2回、リーグ得点王5回、ゴールデンブーツ受賞。
  • エミリオ・ブラトゲーニョ 1984〜1995
    • ストライカー。キャップ数69。リーグ優勝6回、スペインカップ優勝2回、UEFAカップ優勝2回、 スーパーカップ優勝3回。
  • フランシスコ・ブージョ 1986〜1995
    • ゴールキーパー。キャップ数6。リーグ優勝6回、スペインカップ優勝2回、スーパーカップ優勝3回。
  • フェルナンド・イエロ 1989〜2003
    • ディフェンダー。キャップ数89。リーグ優勝6回、スペイン国王杯優勝1回、スーパーカップ優勝5回、UEFAチャンピオンズリーグ優勝3回、インターコンチネンタル・カップ優勝2回。
  • ルイス・フィーゴ 2000〜2005
    • ライト・ウィンガー。キャップ数65(ポルトガル)。リーグ優勝2回、UEFAチャンピオンズリーグ優勝1回、UEFAスーパーカップ優勝1回、インターコンチネンタル・カップ優勝1回、2000年バロンドール受賞。
  • ジネディーヌ・ジダン 2001〜2006
    • ミッドフィールダー。キャップ数75(フランス)。リーグ優勝1回、インターコンチネンタル・カップ優勝1回、UEFAチャンピオンズリーグ優勝1回、スペイン・スーパーカップ優勝1回、UEFAスーパーカップ優勝1回。
  • ロナウド 2002〜2007
    • ストライカー。インターコンチネンタル・カップ優勝1回、スペイン・スーパーカップ優勝1回、リーグ優勝1回、リーグ得点王1回。


トップ5スター選手

  • ディ・ステファノ
  • プスカシュ
  • ヘント
  • ザモラ
  • ジダン


最多出場選手

  • サンチス: 712試合
  • サンティジャーナ: 643試合
  • ラウル: 605試合
  • ヘント: 605 試合
  • イエロ: 598試合
  • カマーチョ: 577試合


最多ゴール数

  • 欧州最多得点選手
    • ラウル: 56ゴール
    • ディ・ステファノ: 49ゴール
    • サンティジャーナ: 47ゴール
    • プスカシュ: 35ゴール
    • ヘント: 31ゴール
    • ブトラゲーニョ: 27ゴール
    • ピッリ: 23ゴール
    • ウーゴ・サンチェス: 23ゴール
    • アマンシオ: 22ゴール
    • ミチェル: 20ゴール
    • モリエンテス: 19ゴール
  • リーグ最多得点選手
    • ディ・ステファノ: 216ゴール
    • ラウル: 187ゴール
    • サンティジャーナ: 186ゴール
    • ウーゴ・サンチェス: 164ゴール
    • プスカシュ: 156ゴール
    • ヘント: 126ゴール
    • ブトラゲーニョ: 123ゴール
    • ピッリ: 123ゴール
    • アマンシオ: 119ゴール
    • パイニョ: 108ゴール


プレーヤーの表彰と賞

  • バロンドール
    • アルフレッド・ディ・ステファノ 1957、1959
    • レイモン・コパ 1958
    • ルイス・フィーゴ 2000
    • マイケル・オーエン 2001
    • ロナウド 2002
    • ファビオ・カンナヴァーロ 2006
    • シルバー
      • レイモン・コパ 1959
      • フェレンツ・プスカシュ 1960
      • プレドラグ・ミヤトヴィッチ1997
      • ダヴォール・シューケル1998
      • ラウル 2001
      • ロベルト・カルロス 2002
    • ブロンズ
      • レイモン・コパ 1956、1957
      • アマンシオ1964
      • エミリオ・ブトラゲーニョ 1986、1987


  • FIFA最優秀選手賞
    • ルイス・フィーゴ 2001
    • ロナウド 2002
    • ジネディーヌ・ジダン 2003
    • ファビオ・カンナヴァーロ 2006


  • ゴールデンブーツ
    • ウーゴ・サンチェス 1990 (38ゴール)


  • リーグ得点王
    • マヌエル・オリバレス: 16 (1932-33)
    • パイニョ: 28 (1951-52)
    • アルフレッド・ディ・ステファノ: 27 (1953-54)、24 (1955-56)、31 (1956-57)、19 (1957-58) 、23 (1958-59)
    • フェレンツ・プスカシュ: 26 (1959-60)、27 (1960-61)、26 (1962-63) 、20 (1963-64)
    • アマンシオ: 14 (1968-69) 、16 (1969-70)
    • ファニート: 17 (1983-84)
    • ウーゴ・サンチェス: 22 (1985-86)、34 (1986-87)、29 (1987-88) 、38 (1989-90)
    • エミリオ・ブトラゲーニョ: 19 (1990-91)
    • イヴァン・サモラーノ: 28 (1994-95)
    • ラウル: 25 (1998-99) 、 24 (2000-01)
    • ロナウド: 24 (2003-2004)
    • ルート・ファン・ニステルローイ: 25 (2006-2007)


  • サモラ賞
    • リカルド・サモラ 1931-32、1932-33
    • ホセ・バニョン 1945-46
    • フアン・アデラルペ・アロンソ 1954-55
    • ヴィセンテ・トレイン 1960-61、62-63、63-64
    • アラキスタイン 1961-62
    • ベタンコルト1964-65、66-67
    • フンケーラ 1967-68
    • ミゲル・アンヘル 1975-76
    • アグスティン 1982-83
    • フランシスコ・ブージョ 1987-88、91-92


  • Onze de Oro誌最優秀選手賞
    • ジネディーヌ・ジダン 2001
    • ロナウド 2002


  • ワールドサッカー誌年間最優秀選手賞
    • ルイス・フィーゴ 2001
    • ロナウド 2002
    • ジネディーヌ・ジダン 2003
    • ファビオ・カンナヴァーロ 2006


  • ブラボ賞
    • エミリオ・ブトラゲーニョ1985、1986
    • イケル・カシージャス 2000


選手のプライベート

デビッド・ベッカムがクラブを離れて以降、メディアを騒がせるようなゴシップからは遠ざかっている。時折ロビーニョのパーティー好きへの批判が紙上をにぎわせるものの、パパラッチやパーティーといったものはクラブにとってはすでに過去のこととなっている。

最近の唯一の話題といえば、イケル・カシージャスとミス・スペインのエヴァゴンザレスとのロマンスだが、これもすでに破局している。

ベルント・シュスター監督も、今のところは心穏やかな毎日を送れていることだろう。


チームタイトル

  • リーグ優勝30回 :
    • 1931-32、32-33、53-54、54-55、56-57、57-58、60-61、61-62、62-63、63-64、64-65、66-67、67-68、68-69、71-72、74-75、75-76、77-78、78-79、79-80、85-86、86-87、87-88、88-89、89-90、94-95、96-97、2000-01、2002-03、2006-07
  • コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)優勝17回:
    • 1904-05、05-06、06-07、07-08、16-17、33-34、35-36、45-46、46-47、61-62、69-70、73-74、74-75、79-80、81-82、88-89、92-93
  • スペイン・スーパーカップ優勝7回:
    • 1988、1989、1990、1993、1997、2001、2003
  • ラテンカップ優勝2回:
    • 1955、1957
  • UEFAチャンピオンズカップ優勝9回:
    • 1956、1957、1958、1959、1960、1966、1998、2000、2002
  • インターコンチネンタル・カップ(トヨタカップ)優勝3回:
    • 1960、1998、2002
  • UEFAカップ優勝2回:
    • 1985、1986
  • UEFAスーパーカップ優勝1回:
    • 2002
  • ペケーニャ・コパ・デル・ムンド(スモールワールドカップ)優勝2回:
    • 1952、1956
  • コパ・デ・ラ・リーガ優勝1回:
    • 1985
  • 地区大会優勝12回(1904〜1929):
    • 1903-04、1904-05、1905-06、1906-07、1907-08、1912-13、1921-22、1922-23、1923-24、1925-26、1926-27、1928-29
  • サンティアゴ・ベルナベウ賞14回:
    • 1981、1983、1984、1985、1987、1989、1991、1994、1995、1996、1997、1998、1999、2000、2003、2005、2007
  • テレサ・エレーラ杯8回:
    • 1949、1953、1966、1976、1978、1979、1980、1994
  • ラモン・デ・カランサ杯6回:
    • 1958、1959、1960、1966、1970、1982
  • シウダード・デ・ラ・リネア杯4回:
    • 1981、1982、1986、2000
  • シウダード・パルマ杯4回:
    • 1975、1980、1983、1990
  • シウダード・バルセロナ杯3回:
    • 1983、1985、1988
  • Euskadi Asegarce杯3回:
    • 1994、1995、1996
  • コロンビーノ杯3回:
    • 1970、1984、1989
  • Festa d'Elx杯3回:
    • 1984、1985、1999
  • シウダード・ビーゴ杯2回:
    • 1981、1982
  • ナランハ杯2回:
    • 1990、2003


特記事項

  • 歴史的ゴール:
    • 最初のゴール: アーサー・ジョンソン(1902年5月13日)、レアル・マドリード 1 – バルセロナ3
    • リーグ戦における最初のゴール: ハイメ・ラスカノ(1929年2月10日)、 レアル・マドリード5 – エウロパ 0
    • 通算1000ゴール目: マヌエル・フェルナンデス・パイニョ(1950年11月5日)
    • 通算2000ゴール目: フランシスコ・ヘント(1963年9月11日)
    • 通算3000ゴール目: フアン・ゴメス・ファニート(1982年1月20日)
    • 通算4000ゴール目: イヴァン・サモラーノ(1994年12月22日)
  • 最大差勝利試合: レアル・マドリード 11 – エルチェ 2 (1959-60)
  • 最大差敗戦試合: エスパニョール 8 - レアル・マドリード 1 (1929-30)
  • リーグ最高成績: 1位(30回)
  • リーグ最低成績: 10位(1947-48)
  • ホーム戦連続勝利最多記録: 121試合


組織

レアル・マドリードは、役員がクラブのオーナーを兼ねるという、スペインのクラブの中でも数少ない組織形態を持つ。彼らはこれを非常に重要なことととらえており、クラブ買収に関する申し入れはすべて拒絶している。

フロレンティーノ・ペレス前会長辞任後の混乱の中、2006年の会長選挙で当選したラモン・カルデロンが現在も会長を務めている。


ユニフォーム

ユニフォームカラーは創設以来、白。初期の頃にはパンツやストッキングのマイナーチェンジが行われた。しかしバルセロナに敗北したことで、ユニフォームの変更が悪い結果を引き起こしたという非難が集中、以降ユニフォーム全体が白一色で統一されることとなった。

1980年までは大きな変更は行われておらず、その後レアル・マドリードがアディダスとスポンサー契約を行った際、袖部分に3本線が入れられることとなった。 1982年には最初の公式スポンサーであるザヌッシのロゴが印刷された。

最後のマイナーチェンジは2006-07年に行われ、FIFA から与えられた「20世紀における最高のクラブチーム」公認バッジが胸元に追加された。


スタジアム

1912年、クラブ創設以降初の本格サッカー場となるカンポ・デ・オ・ドンネルが完成(それまでは市の放牧場を使用していた)。

1921年、クラブは8000人を収容するシウダード・リネアル・サッカー場に拠点を移す 。

1923年、22500人を収容するチャマルティン・スタジアムが完成。ニューキャッスル・ユナイテッドを招待して記念試合が行われた。

1943年にはサンティアゴ・ベルナベウが会長に選出され、より大きな新スタジアム建設計画が打ち出される。完成は1947年12月14日。現在ではエスタディオ・サンティアゴベル・ベルナベウと呼ばれている。落成を記念してオス・ベレネンセスとの間で試合が行われ、レアル・マドリードが3対1で勝利を収めた。

スタジアムはこれまでに何度か改修工事が行われ、収容人数が変更している。1953年の拡張工事で一時は120000人を収容していたが、2003年のFIFAによる立ち見席禁止等の規定を受け80400席まで減少。UEFAにより、ヨーロッパにおける最高ランクのスタジアムの一つとされている。

エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウは、1957年、1969年、1980年のUEFAチャンピオンズカップ決勝戦、1964年のヨーロッパチャンピオンシップ決勝戦、さらに1982年のFIFAワールドカップ決勝戦の開催地である。 2006年には、レアル・マドリード・カスティーリャが試合で使用するアルフレッド・ディ・ステファノ・スタジアムのオープニングセレモニーを、バルデベバスのシウダード・デポルティーバで開催。同スタジアムの収容人数は6000人である。


スポンサー

ベット・アンド・ウィン


外部リンク


参照サイト


Get Started Today
Get Started Today