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Full name:

リバプールFC

Nickname(s):

レッズ

Founded:

1892年

Home stadium:

アンフィールド・スタジアム

Chairman:

ジョージ・ジレット・ジュニア

Manager:

ラファエル・ベニテス

League:

プレミアリーグ

Facts & History

目次

リバプールFC

リバプールFCは1892年、アンフィールド・スタジアムのオーナーだったジョン・ホールディングによって創設された。このスタジアムはリバプールFC創設以来、ホームスタジアムとして現在も使用されている。成功と敗北が入り交じったクラブの歴史は、ケヴィン・キーガン やスティーブン・ジェラードをはじめとする赤一色のユニフォームをまとったスター選手らによって作られてきた。リバプールは20年代には低迷し、70・80年代には国内、国際レベルのいずれでもタイトルを獲得し、黄金期を迎えた。50年代にはリーグ降格を経験したが、ビリー・シャンクリー監督時代にプレミアリーグ返り咲きを果たしている。2005年にラファエル・ベニテスが監督に就任してからはFAカップやUEFAチャンピオンズカップで次々と優勝杯を獲得、強豪チームの一つとして君臨している。


クラブの歴史

リバプールFCの創設は1892年。アンフィールド・スタジアムの所有者であったジョン・ホールディングが、同スタジアムを本拠地としていたエバートンFCに対して使用料の値上げを要求したが拒否され、エバートンが別のスタジアムに移転してしまったため、自ら新クラブを設立した。 1896年にはトム・ワトソンが監督に就任し、その指揮下でリバプールは成功への道を歩み始める。1894年の無敗優勝をはじめ、セカンドディビジョンで多くの好成績を収めた後、1900年にプレミアリーグの仲間入りを果たす。プレミアリーグでもすぐに頭角を現し、1901年と1906年には優勝杯を手にした。その頃のリバプールは、リーグ内でも最も強靭なディフェンス勢を配したクラブだといわれていた。

その後の20年間はクラブの成績はふるわなかった。唯一のタイトルは1922/23シーズンのリーグ優勝で、その後は長い間優勝戦線から遠ざかった。

40年代後半から50年代半ばにかけて、クラブは再び勢いを盛り返す。1946/47シーズンにはリーグ優勝を達成。1950年には初のFAカップ決勝戦進出を遂げた。ウェンブリー・スタジアムで行われた対アーセナル戦にはたくさんのサポーターが詰めかけたが、結果は2-0でアーセナルが勝利している。1953/54シーズンには再びセカンドディビジョンに降格した。

1959年、リバプールはプレミアリーグへの再帰を胸に、名将ビル・シャンクリーを新監督として招き入れる。彼は24人もの選手を放出してチームの刷新を図った。監督就任後3度目となるシーズンに、リバプールは8ポイント差でセカンドディビジョン優勝を遂げ、再びプレミアリーグに戻る。その後チームは降格していない。

60年代、チームはさらに花開く。1963年、1964年には17年ぶりのリーグ優勝を果たし、1965年にはロン・イェイツ主将率いるリバプールがクラブ史上初となるFAカップ優勝を遂げた。 この勝利を皮切りに、70年代においてもチームは快進撃を続ける。シャンクリーが監督の座を退き、ボブ・ペイズリーがその後を引き継いでからもその勢いは止まらなかった。1974年のFAカップを制覇したリバプールは、1972/73、1975/76、1976/77、1978/79、1979/80シーズンと立て続けにリーグ優勝を果たす。70年代における最も大きな勝利は1977年のUEFAチャンピオンズカップ初制覇であった。

80年代、リバプールは自己記録を次々と塗り替えていく。ペイズリーが、ベテランコーチであったジョー・フェイガンに監督の座を譲ると、フェイガンは最初のシーズンにイングランド・プレミアリーグ史上初の快挙となるダブル優勝を達成。さらにリバプールは1985年のUEFAチャンピオンズカップ決勝戦に出場したが、1-0で惜しくもユベントスに破れた。

しかし、このようなクラブの栄光に影を投げかける事件が起こる。UEFAチャンピオンズカップ決勝での対ユベントス戦で起こった「ヘイゼルの悲劇」がそれである。ヘイゼル・スタジアムでの試合中、リバプール・サポーターがユベントス側の観客席になだれ込み、それから逃れようとしたユベントス・サポーターが壁をよじ登ったところ重さに絶えきれなくなった壁が崩壊。39人が命を落とし、その多くがイタリア人だった。この事件の後、10年の間リバプールは国際大会への出場を禁じられることとなる(その後6年間に変更された)。また、FAカップ準決勝においては試合中、フェンスの下敷きになったサポーター96人が死亡する大惨事が発生した。この2つの悲劇がその後の組織とサポーターとの関係をより緊密にしたともいわれている。

90年代、クラブは成績不振を理由に度々監督を交代している。1991年にはグレアム・スーネスが監督に就任。最初のシーズンでクラブにFAカップ優勝をもたらしたものの、その後の成績はふるわず、1994年には新監督としてロイ・エバンスが選出される。しかし監督として指揮を執った5シーズン中、チームのリーグ最高位は3位にとどまり、タイトルも1995年のリーグカップ優勝のみ。その後、当時フランス代表のコーチを務めていたジェラール・ウリエをクラブのコーチとして招き入れるものの、2人は良好な関係を築けず、1998年にエバンスが監督を辞任する事態となった。

ウリエの監督就任はクラブに良い結果をもたらし、彼の指導のもとでチームは2001年、悲願の三冠を達成する。リバプールはリーグカップでアーセナルを破って優勝杯を手にし、UEFAカップではASローマやポルト、バルセロナといった強豪チームを排して優勝。ウリエ監督は2003年にもリーグカップでの優勝を遂げたが、その後心臓疾患により監督の座を退いた。

2004/05シーズンに、ウリエの後を引き継いで監督に就任したのがラファエル・ベニテスである。2005年、リバプールは5位という成績でリーグを終了したが、イスタンブールでACミランを相手に行われたUEFAチャンピオンズカップでは見事優勝を果たした。ベニテス監督のもと、チームはさらなる繁栄を遂げている。


ライバルチーム

エバートンFC

エバートンとリバプールのライバル関係は、イングリッシュ・プレミアリーグの中でも最も古いものであり、その歴史は1962年、リバプールがプレミアリーグに昇格した時までさかのぼる。両チームともにマージーサイドを拠点にした強豪チームであることが、ライバル関係を生み出した大きな要因である。両クラブの対戦試合は通称「マージーサイド・ダービー」と呼ばれているが、リバプールにはエバートン、リバプール両クラブのサポーターを抱える家族が多く存在するため、「フレンドリー・ダービー」とも呼ばれている。

マンチェスター・ユナイテッドFC

マンチェスター・ユナイテッドとリバプールとのライバル関係もまた、長い歴史を持っている。当初、マンチェスター・ユナイテッドとエバートンがライバル関係にあったが、エバートンがトップ争いから遠ざかったことから、代わってリバプールがマージーサイドを拠点とするライバルチームとして浮上した。両クラブはいずれもイングランド最強のクラブを主張しており、数々のタイトルを獲得してきている。さらに両クラブのホームスタジアムが近接していることも、両者の競争意識を高める要因となっている。


現所属メンバー

スティーブン・ジェラード:ジェラードはリバプールFCの現在の主将であり、イングランド代表のキャプテンでもある。ジェラードはプロデビュー以来リバプールに在籍しており、2003/04シーズンからリバプールFCの主将を務めている。2004/05シーズンにリバプールがUEFAチャンピオンズカップで優勝を遂げた際には、その年のUEFA年間最優秀選手賞を受賞している。

ジェイミー・キャラガー:キャラガーはリバプールFCの副将であり、1996年からチームに所属している。2006/07シーズンにはサポーターから年間最優秀選手に選ばれた。非常に高度なディフェンス能力で知られる選手である。

ジャーメイン・ペナント:ペナントは2006年7月26日にリバプールに加入。リバプールでの初ゴールは、2007年1月20日の対チェルシー戦である。チャンピオンズリーグ決勝戦での対ACミラン戦をはじめ、すでに様々な試合で重要なアシストを決めている。

フェルナンド・トーレス:トーレスは2007/08シーズンにリバプールと契約し、以来クラブに多大な影響をもたらしている。すでにストライカーとして中心的役割を果たしており、ミドルスブラFCとの試合ではハットトリックを決めている。


クラブの伝説的プレーヤー

エフライム・ロングワース:ロングワースは1910年9月10日、レフトバック・プレイヤーとして リバプールでの活動を開始。出場わずか2戦目でイングランド代表のキャプテンに選出される。17年にわたるクラブ在籍中、ゴールを決めることはなかったが、現役引退後もコーチとして活躍した。

ゴードン・ホジソン:ホジソンは1925年から1936年までリバプールに所属。クラブ在籍中、17回のハットトリックを記録し、イングランド代表としても3試合に出場した。

イアン・カラハン:カラハンは、リバプールFCでの最多出場記録を持つ選手であり、1962年のプレミアリーグ返り咲きにも貢献した。1974年にはFWA年間最優秀選手賞を受賞している。

ケヴィン・キーガン:キーガンのリバプールFCでのデビュー戦は対ノッティンガム・フォレスト戦で、開始12分に初ゴールを決めた。クラブ在籍中、一度たりともスタメンから外されたことがなく、リバプールFCのUEFAカップ優勝に大きく貢献した。現役引退後は監督となり、かつてはイングランド代表の監督を務めたこともある。


最多出場選手

ランク プレーヤー 現役期間 # 出場
1 イアン・カラハン   857
2 レイ・クレメンス、エムリン・ヒューズ   665
3 イアン・ラッシュ   660
4 フィル・ニール   650
5 トミー・スミス   638
6 ブルース・グロベラー   628
7 アラン・ハンセン   620
8 クリス・ロウラー   549
9 ビリー・リッデル   534
10 ケニー・ダルグリッシュ   515

最多得点選手

ランク プレーヤー # 試合 # ゴール 初試合 最終試合
1 イアン・ラッシュ 660 346 1980年12月13日 1996年5月11日
2 ロジャー・ハント 492 286 1959年9月9日 1969年12月13日
3 ゴードン・ホジソン 377 241 1926年2月27日 1935年12月28日
4 ビリー・リッデル 534 228 1946年1月5日 1960年8月31日
5 ロビー・ファウラー 369 183 1993年9月22日 2007年5月13日
6 ケニー・ダルグリッシュ 355 172 1977年8月13日 1990年5月1日
7 マイケル・オーウェン 297 158 1997年5月6日 2004年5月15日
8 ハリー・チャンバース 339 151 1919年8月30日 1928年3月7日
9 ジャック・パーキンソン 220 130 1903年10月3日 1914年1月3日
10 サム・レイボールド 226 128 1900年1月13日 1907年4月27日


プレーヤーの表彰と賞

  • PFA年間最優秀若手選手賞:
    • 1983 イアン・ラッシュ
    • 1995 ロビー・ファウラー
    • 1996 ロビー・ファウラー
    • 1998 マイケル・オーウェン
    • 2001 スティーブン・ジェラード
  • PFA年間最優秀選手賞:
    • 1980 テリー・マクダーモット
    • 1983 ケニー・ダルグリッシュ
    • 1984 イアン・ラッシュ
    • 1988 ジョン・バーンズ
    • 2006 スティーブン・ジェラード
  • FWA年間最優秀選手賞:
    • 1974 イアン・カラハン
    • 1976 ケヴィン・キーガン
    • 1977 エムリン・ヒューズ
    • 1979 ケニー・ダルグリッシュ
    • 1980 テリー・マクダーモット
    • 1983 ケニー・ダルグリッシュ
    • 1984 イアン・ラッシュ
    • 1988 ジョン・バーンズ
    • 1989 スティーヴ・ニコル
    • 1990 ジョン・バーンズ
  • バロンドール:
    • 2001 マイケル・オーウェン


選手のプライベート

スティーブン・ジェラードの妻は、イングランドのスーパーモデル、アレックス・カランである。2007年6月16日、イングランド・バッキンガムシャーで挙式。すでに2人の娘がいる。カランはイングランド・タブロイド誌にたびたび取り上げられる存在である。

ジャーメイン・ペナントの現在の恋人は、イングランドのモデル兼女優のジェニファーで、2008年1月に交際が始まった。ジェニファーはイングランドのメロドラマ部門で「最もセクシーな女優」にノミネートされた経歴がある。


チームタイトル

  • プレミアリーグ優勝:
    • 1900-01、1905-06、1921-22、1922-23、1946-47、1963-64、1965-66、1972-73、1975-76、1976-77、1978-79、1979-80、1981-82、1982-83、1983-84、1985-86、1987-88、1989-90
  • FAカップ優勝:
    • 1965、1974、1986、1989、1992、2001、2006
  • リーグカップ優勝:
    • 1981、1982、1983、1984、1995、2001、2003
  • UEFAチャンピオンズカップ:
    • 1977、1978、1981、1984、2005
  • コミュニティシールド:
    • 1964(shared)、1965(shared)、1966、1974、1976、1977(shared)、1979、1980、1982、1986(shared)、1988、1989、1990(shared)、2001、2006
  • スーパーカップ優勝:
    • 1987
  • リーグ・セカンドディビジョン優勝:
    • 1893-94、1895-96、1904-05、1961-62
  • ランカシャー・リーグカップ優勝:
    • 1892-93


組織

会長:ジョージ・ジレット・ジュニア ジョージは2007年2月6日、4億3500万ポンドでクラブを買収。ジレット・コミュニケーションのオーナーでもあり、これまでにモントリオール・カナディアンズなど、その他のスポーツチームの買収も行っている。

監督:ラファエル・ベニテス 2005年に監督に就任したベニテスは、リバプールFCの歴史の中でも最も成功を収めた監督の一人に挙げられる。ベニテス監督のもと、クラブはUEFAチャンピオンズリーグ、UEFAスーパーカップ、FAカップ、コミュニティシールドなど様々なタイトルを獲得している。

第一コーチ:アレックス・ミラー ミラーはスコットランド人コーチであり、元サッカー選手である。1999年にリバプールに加入し、ジェラール・ウリエ監督とともに選手の指導に当たった。


ユニフォーム

  • ホーム用- 赤のシャツ、パンツ、ストッキング
  • アウェー用- 白のシャツ、黒のパンツ、白のストッキング


スタジアム

リバプールFCのホームスタジアムは、マージーサイド州・リバプールにあるアンフィールド・スタジアムである。このスタジアムはイングランド代表による国際試合をはじめ、様々なイベント会場として使用されている。リバプールFCは1892年の創設以来、同スタジアムを本拠地としている。スタジアムは当初、エバートンFCのホームスタジアムであったが、オーナーとの使用料に関する交渉が決裂したため移転した。

スタジアムはスパイオンコップ、メインスタンド、センテナリースタンド、アンフィールドロードと呼ばれる4つの観客席エリアで構成されている。スタジアムの外には、「ヒルズボロの悲劇」で亡くなった人々の祈念碑とビル・シャンクリーの像が建てられている。

現在イングランド・リバプールに新しいスタジアム、シャンクリーパークが建設中で、完成は2011年の予定である。


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カールスバーグ


外部リンク


参照サイト


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